【赤字のお仕事】「候文」に秘められたエネルギー
私の連載では市川清流(渡、1822~79年)の足跡を追う。清流の主君、岩瀬忠震は安政2~4(1855~57)年、条約締結をめぐる外国交渉の合間をぬって精力的に海防を視察、清流は岩瀬に随行し伊豆半島や紀州、志摩の沿岸など全国を回っている。清流は安政4年12月、故郷に近い志摩国五ケ所浦(現三重県南伊勢町)の庄屋に書状を送り、「公務繁雑中、心緒萬一不尽に残念之至存奉候」と記した。海防視察で立ち寄る予定が急ぎ出発せねばならなくなった無念さをにじませている。