【ニッポンの分岐点】臓器移植(2)竹内基準と脳死臨調 人の死とは…紛糾した議論
数多くの疑惑を残した昭和43年の「和田移植」以降、停滞が続いた日本の脳死移植。患者や医師らの要望を受け、国が再開に向けて本格的に動き出したのは15年後だった。そこに立ちはだかったのが「脳死」をめぐる議論だ。日本人の死生観にも関わる根深い問題に議論は紛糾した。
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