【小山評定の群像(8)】堀尾忠氏 才気ある若武者の名案は…
前回紹介した山内一豊は城を明け渡すという大胆な提案で徳川家康の歓心を得て大出世につながったが、もともと一豊の発案ではないという説がある。小山評定に先立ち、一豊にこのアイデアを披露したのが堀尾忠氏。だが、評定では一豊が先んじて提案してしまった。ずるいなあ、一豊。少なくとも、新井白石は「藩翰譜(はんかんふ)」でそう指摘している。
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