【紅と白 高杉晋作伝】関厚夫(137)奇妙篇 混沌(六)
文久2(1862)年7月下旬(旧暦)、孝明天皇は学習院に長州藩主・毛利慶親(よしちか)を召し、在京中の藩主父子のうち、1人は京都で警衛を担当し、のこる1人は江戸にゆき、朝廷と幕府のかけはしとなるよう、武家伝奏(ぶけてんそう)を通じてめいじた。「異例」といってよい長州藩にたいする信頼だった。これをうけ慶親は京都にとどまり、世子・定広が江戸にむかうことになった。
日本の旅行をもっと面白くする